その日、ウェー島の丘の中腹にある友人宅を訪ねた私は、外が暗くなってから帰路に着いた。帰路と言っても、その丘を下って小道に出たら左に曲がり、ダイブショップの前を通って小さな丘を上って下りるだけ。コンクリートの山道をグルッと周って帰るより近道だ。
歩き慣れたルートではあるけれど、小道に出るまで照明は一切なく真っ暗だ。この日は生憎ヘッドライトの電池が切れていたので、スマホのライトで自分の数歩先を照らし、長い木の枝で草をかき分けながら下りていた。

しばらく行くと、このルートで唯一の難関が現れる。この土地の所有主が設置した高さ3mほどのフェンスと太い木に挟まれてルートが極細になっているため、横向きで歩かないと通れない。木の外側から周り込もうにも、このあたりは背の高い草が多すぎる。
だから、この日も木の幹で背中を引っかかないように気を付けながら横向きで歩いていると、
フッ…
私の手からスマホが消えた。正確に言うと、スマホが飛んでフェンスの反対側にパサッと落ちた。念のために言っておくけれど、私が自分で投げ込んだわけじゃない。
何が起きたのか分からなくて、たぶん15秒くらい動けずにいた。でも、スマホのライトが上向きの状態で落ちているのか、フェンスの向こう側の草むらが一部だけ明るいのを見るや否や、私は走り出していた。
ありえない。手から落ちることはあっても、飛んでいくなんてありえない!
心臓がバクバクするのを感じながら、下の小道まで一直線に駆け下りた。怖すぎて振り返ることすらできない。
バンガローに戻ってからも私の頭は状況整理で忙しく、しばらくの間寝付けなかった。
全て私の妄想なのか? とりあえず朝一番で見に行こう。どうか今夜は雨が降りませんように!
翌朝、目を覚ました私はダイブショップに駆け込んだ。ローカルスタッフはショップの外の長椅子やハンモックで寝ることが多く、ありがたいことに朝が早い。そのうちの1人に事情を話し、一緒に来てと頼み込んだ。
問題の土地の所有者の承諾を得て、私たちは丘を上る。私のビビりっぷりに呆れながらも、彼はフェンスを乗り越えて、私が指を指した場所からスマホを救出してくれた。
ああ、よかった。フェリーと飛行機を乗り継いで代替品を買いに行く手間が省けた。お礼にホットチョコレートでも、と思っていると、彼が神妙な面持ちでこう言った。
「うん、でもまあ、あそこは“いる”から。だからフェンスがしてあるの」
その日を最後に私がその近道を使わなくなったのは言うまでもない。